リールの4月、そして6月

 4月の終わりにフランスに着いたとき、東京と比べてあんまり寒いのに驚いたものだった。部屋のヒーターもあまり入らず、どうしたものかと思っていたが、丁度その頃キッシュ作りに夢中になっていた私達、フール(天火)に火を入れればお部屋が随分暖まることに気が付いて、さらにそのことを口実に、フールにぼんと入れるだけの簡単料理を毎日のように作っていたものだった。お部屋は暖まるし、お魚でもお肉でも魔法のようにおいしく焼きあがる。一石二鳥だった。また厚手の服をあまり持ってきていなかったので、3枚4枚重ね着をして、毎日同じような格好で出歩いていたけれど、あまりそれが気にならないのも異国の過ごしやすいところだった。唯一物足りなかったのは、マフラーを持ってこなかったことで、なぜならフランスでは女の子たちの間で大判・薄手、ちょっとエギゾチック、あるいはジプシーっぽい感じの綿・あるいは絹のストールが大流行していて、彼女たちはいつもそれを首にぐるぐる巻いて颯爽と歩いていたからだ。あの大判のストールだけはどうにも気になって、春物バーゲンのときに何件かお店をのぞいた。安いものでは9ユーロから、ブランドものでは200ユーロくらいまで、とにかくたくさん種類があって、品質、というよりも素材でお値段は全く変わってくるのだが、見るお店見るお店、色と言い柄と言い、同じものが一つとしてないのが驚きだった。チープなお店でも、きっちり自分の店の個性を主張するところがいかにもフランス風だなと思った。春の間使えそうな軽いものを一枚買ったが、5月は日本に戻ったので、次にリールに着いたら真夏になっていた。

そんなわけで今年の6月後半、フランス全土で異常な暑さが続いている。日差しの強さは尋常でなく、真夏日(という言い方でよければ)の始まった先週の日曜日は、ヒルトさん宅のお庭のパーティで、私は危うく熱中症を起こすところだった。太陽には強いほうだという自負があったので日焼け止め以外はあまり気をつけていなかったが、これでは対策が必要だ。日本では午後2時前後が一番暑くて、もうもうとアスファルトから蒸気が立ち昇るような感じになるが、こちらでは一番暑いのは夕方5時頃。天頂高く遠くにあった太陽が、ぐーんと急降下で地上に近づいてくる感じだ。それに今こちらでは、ようやく夕焼けが見られるのは夜の10時半頃。夕方とはいえ、5時は真昼のようなものだ。リールの広場にある温度計では40℃が記録されるし、まったく尋常じゃない。雨は一週間以上降っていない。空はどこまでも高く、大気は乾燥して、空気はあんまり動かない。少しでも日差しが部屋に入ってこようものなら、たちまち部屋の温度は体温を超えてしまう。お庭の猫ちゃんたちもウンザリ顔。私が老人なら絶対死ぬ!と叫びたくなるこの暑さ。今までに体験したことがない。でもその代わり、日陰のありがたさ、心地よさも格別だ。日本のように蒸す感じはないので、ちょっと日陰に入って風でも吹こうものなら、あるいは少し水でも浴びることができれば、天気はいいし緑は濃いし本当にさわやかだ。「スペインでは夏場お部屋の中は真っ暗なんだよ」とダンナ様。石造りの家で庇を大きく伸ばし、昼間は太陽を遮断するんだそうだ。それならこのリールの夏より良さそうだ。暑くてもいいから工夫のあるスペインに行きたい気分。(ふ)