我が家のセジュール

Salon Coin Pompidoo

引っ越してようやく落ち着いてきた。前のところはmeubléといって家具つきの部屋だったが、それに対して新居には家具が少ししかない。それも、椅子はガタガタだわ、食卓になりそうな机の表面は汚いわ、ベッドのフレームの赤や銀色は部屋の感じにそぐわないわ、などなど。出て行くときに不動産屋とÉtat des lieux(現状報告書類)を作成するので、そうした家具を捨てるわけにもいかない。どう部屋を演出したものか、最初は課題が山積みだった。
まず処理に困ったのはベッド。趣味も合わないし、開けば場所をとる、たたんでも(倉庫ではなく寝床のつもりの)メザニンは置けない。困った挙句に、本棚の裏に隠してみた。それでも端がどうしても出てしまう。けれど、ここまで来て、いっそそれを逆用してみようという発想になった。ポンピドゥー・センターのノリである。そうとなったら、メザニンに転がっていた余分なパイプをくっつけてみたり、コードをわざとぐるぐる絡ませてみたり。部屋の中央(centre)ではなく、隅(coin)にあるので、「コアン・ポンピドゥー」と呼ぶことにした。
ベッドの骨組みはこれで片付いたとして、どうにも使いようのないマットレスが残ってしまった。これは3つ折にして白い布をかけ、強引にソファーにすることに。家事全般一通りこなせるつもりの私も、縫い物だけはどうにもならなくて、ソファー・カバーは家内の作品である。
こうしてソファーがひとつ(あるいはそのように見える謎の物体)、セジュール(居間)の一角を占めることになったのだが、これだけではなんとも物寂しい。もうひとつこれと同じくらいの大きさのソファーを用意して背の低いテーブルと合わせるか、それともそれは隅に追いやってセジュールはダイニング・テーブルと椅子でガッチリ組むか――
――迷いながらもできる限りお金を使わずに済ませたい私たち。ふらりとその辺に散歩に出たら、な、なんと、折りよく粗大ごみの日ではないか!ヴュー・リールで手頃な大きさの水切りを手に入れて調子に乗った私たちは、次の日すぐ近所の道に茶色のソファーが転がっているのを見つけた。いくぶん汚れているものの、きちんと掃除すればきっとちゃんと使える、そう思ってソファーを抱えている私を横目に、家内は「うちのパパみたい」と嬉しそうやら情けなさそうやら。なんでも昔、東京は江東区南砂に住んでいたころ、近所に粗大ごみ置き場があって、時折パパがそこからめぼしいものを拾ってきたそうな。喜ぶべき免疫か(笑)。
さて、これで2つになったソファーを付き合わせてみて、はたと別の問題が浮上。白のソファーと茶色のソファーを向かい合わせてみると、どうにも色のバランスが合わない。しかし、たまたま手近にあった、白みがかった色と黒味がかった色がチェックになっている籐でできた敷物をあいだにおいてみると、想像以上にしっくり来るではないか。今までこれほど敷物の効果を実感したことはなかった。
これはこれでよかったのだが、あとは背の低いテーブルを組み合わせるばかりにしてしまうと、天井の高いセジュールがちょっとがらんとしすぎるきらいがあった。そこでやはり、ダイニング・テーブルにカバーをかけてこちらへ持ってくることにし、ソファーはコアン・ポンピドゥーの方へと追いやった。こうすると、縦4メートル横3メートルくらいの空間に、食事のできるsalle à mangerと、食後のお茶が飲めそうなsalonの2つのスペースが収まることになる。
この構成を陰で支えているのは、やはり敷物で、ダイニング用の敷物と、サロン用の敷物とを分けることで、一種の落ち着きが出てくる。そうでなければ、ひとつの部屋に異質なものがかちあう印象を免れなかっただろう。
さて、こうして整ったセジュールだが、いくらお金をかけたか計算してみた。ソファーはただ、カバーに使った布が10ユーロ、サロンの小テーブル15ユーロ、敷物2つで10ユーロ、ダイニングの椅子が2つで40ユーロ、なんと1万円くらいでこれだけのモノができてしまうとは。この安さに一役買っているのは、IKEAという、リールの郊外にどかんと大きな店舗を構えた、スウェーデン資本のお店。この店は昔から価格破壊で知られていたのだが、つい15年位前までは家具の趣味もいまいちだったらしい。それが最近は、趣味もそれなりの家具が低価格で手に入れられるので、かなりの幅のフランス人のセンスにもそれなりにマッチしているようだ。私たちが、これだけ安上がりでそれなりに格好のつく空間を構成することができたのは、ひとえにこの店のおかげなのだが、しかし私たちのセジュールがIKEAのモデル・ルームみたいになってしまうのはいかんとも避けがたい運命のようだ。(き)