書評:宗教のあとの宗教性(1)

Luc FERRY et Marcel GAUCHET, Le religieux après la religion, Paris, Bernard Grasset, 2004, 144p.

アラン・ルノーとの共著『68年の思想』で五月革命の思想を担った潮流を反=人間主義として批判し、ユマニスムの再定位を図っている哲学者で、教育大臣を務めたこともあるリュック・フェリー。そして、民主主義の条件を歴史哲学的に考察している、社会科学高等研究院の教授で、ピエール・ノラ、クシシトフ・ポミアンとともに『デバ』の編集を務めているマルセル・ゴーシェ。この2人の共通関心と言えば何だろうか。それは「宗教問題」、もっと言えば「現代における宗教性をどうとらえればよいのか」という問題である。
フェリーは、『神に代わる人間』(1996年)において、「神の死」以後に生きる人間の生の意味を問うなど、形而上学的な立場から宗教の問題に関心を抱いている。一方、ゴーシェは、政治哲学・社会哲学・歴史哲学の立場から、ポスト=マルクス的な状況を踏まえて宗教問題に近づいている。彼の代表作『世界の脱魔術化』(1985年)は、それまでの宗教史のパースペクティヴを転倒させ――つまり、それまでは、未開的宗教から多神教を経て一神教へ、という流れが、宗教の宗教たるゆえんの高まりであるかのようにとらえられがちだったわけだが――「宗教からの脱出」という一貫した視点で、歴史「以前」から近現代までの宗教史のアウト・ラインを描き出したもので、その最終章がまさに「宗教のあとの宗教性」と題されている。
2人はこれまでも互いの立場や考え方の違いについて、過去の著作で断片的にほのめかすことがあった。その違いに注目したCollège de philosophie*1が、1999年1月9日ソルボンヌに2人を招いて対談を実現させた。本書は、そのときの議論の採録である。

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この本を読んでいくについれて、2人の一致点と、2人の意見が分かれるところはおのずと確認できる。読解が求められるのは、その上で相違の理由をそれぞれの論に即してどこまで把握できるかだろう。さらには、両者の議論を手がかりに、宗教のあとの宗教性の諸相をどのようにコンセプト化できるかだろう。
両者が一致するのは、「宗教」(religion)の時代、すなわち、宗教によって構築されていた世界観が信憑性をもち、宗教が私的・公的生活の隅々にまで浸透していた時代は終わりを告げ、宗教的信念は個人の問題となったが、それで「宗教性」「宗教的なもの」(religieux)が完全に潰えるわけではないと見なす点である。
しかし、フェリーは「人間的なものの神格化」(divinisation de l’humain)と「神格的なものの人間化」(humanisation du divin)という二重の動きで「人間的なもの」と「神格的なもの」が「接近」していく地点に現代の「宗教性」を探ろうとするのに対して、ゴーシェの目に映る二重のプロセスは「宗教からの脱出」(sortie de la religion)と「信じることの個人化」(individualisation du croire)である。後者にとって、「人間」と「神」は近づくどころか「乖離」していく一方であり、それを踏まえた上で現代の「宗教性」の内実を分析することが必要だというのである。
もう少し詳しく言うなら、フェリーは、人間と彼岸といった「垂直的な超越性」(transcendance verticale)に代わって、人間による「水平的な超越性」(transcendance horizontale)が生まれてきているととらえている。また、ユマニスムが唯物論的解釈とは違ったヴィジョンを提示できると考えているフェリーによれば、宗教的なものこそがそのユマニスムの中心であり、消えるどころか、現にそしてこれから、最も真正な役割を果たすというのである。これに対して、ゴーシェは、唯物論に代わるユマニスム、というフェリーの見方には反対で、「完全に宗教によらない超越性の解釈」(une interprétation radicalement non religieuse de la transcendance)が可能だと考えている。人間と神は近づくどころか、ますます切り離されていくと見るゴーシェからは、こんにちの、そしてこれからの人間は、フェリーの言う「神人」(l’homme-Dieu)などではなく、「決定的に神なき人間」(l’homme définitivement et irrévocablement sans Dieu)である。(き)

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(つづく)

*1:1974年設立のアソシアシオンでルノーとフェリーがその活動にしばらく携わっていた。現在はピエール=アンリ・タヴォイヨーが会長を務めている。