ドゥルーズ没後10周年で

もう2週間以上も前の話になるが、パリから帰った夫が、「ちょっと早いけど、クリスマスプレゼント!」と言って一冊の本をくれた。開けてびっくり、なんとドゥルーズの写真集である。・・・ドゥルーズが無条件に好きだという人はおそらく、お気に入りの彼の写真が数枚あるだろう。表紙からして優しい眼差し、ページをめくるのがもったいないほど!私のようなおつむの軽いファンにはたまらない一冊だ。写真の多くを提供したのは未亡人のファニー・ドゥルーズ女史ということもあって、うんと幼い頃のお兄さんと一緒に写っている写真から、まだ繊細で華奢な面影の残る50年代、幼い息子を見つめる姿、ガタリの家でチェスに興じる姿など、家族や友人と一緒にくつろぐドゥルーズの写真は初めて見るものも多かった。生前、あまりプライベートな事を語りたがらなかった哲学者なので、そういう意味では少し複雑な思いもあるが、ドゥルーズが周囲の人に愛された所以は、こういったプライベート面の人間味が大きかったのだろうと思いもし、今なお多くの人が彼を惜しんでいる・・そのことを共有したい人が大勢いるから、哲学者としてはおそらく異例とも言える、写真集などが出版されるのだろうと納得もする。

Deleuze, un Album

Deleuze, un Album

今年はドゥルーズ没後10周年にあたるので、それなりに本が刊行されたり、催し物があるだろうと思っていたら、リールの大きな書店でもそういう風に扱われている様子は見えず、普通のフランス人マダムとの日常会話の中で、いやフランス語できないのに恥ずかしいのですがドゥルーズが好きで哲学を少々とか言うと、誰それ?的な反応が返ってきていたりもしていたので、フランスでは噂どおりあんまりよく受け取られてないのかな、などと訝っていたら、私のアンテナが鈍かっただけのようで、例えばリールで11月に行なわれた恒例行事の「CitePhilo」*1でも、比較的最近ドゥルーズの研究書を出した学者が数人呼ばれていたし(しかもトリはアラン・バディウだった)、夏から年末にかけて、新しい本、主に研究書が追いつけないくらい毎月ぽんぽんと刊行されていた。(それらをきちんと紹介するのは私の力量を超えるところでありますが・・・しないと、読まないといけないところでしょうが・・・;;)
ところで最近ようやく読んで共感できる研究書に出会えたのは大きかった。タイトルはGilles Deleuze, héritage philosophique、Alain Beaulieuというカナダの大学の先生が編集した論文集である。前書きで彼は書いている、「ある人は初期のヒュームやベルクソンニーチェなどの研究書にしか興味を示さない。また別の人は、ドゥルーズの思想は『差異と反復』と『意味の論理学』2冊に集約されていると言い、また別の人は、賞賛に値するのはガタリとの共著だけだと言う。哲学史家としてのドゥルーズ、哲学者、そして実験者としてのドゥルーズ。この3つは、ドゥルーズという「出来事」の分かちがたい要素、3つの分かちがたい極だ。・・しかしドゥルーズ以外の誰が同時に成し遂げえただろうか」と。私もやっぱり『差異と反復』にめくるめく衝撃を受けて、『ミル・プラトー』に惹かれ、一番好きなのは『襞』だけど(宇野先生の訳が素晴らしいのが大きいと思う)、確かに哲学者のしての斬新さ、主張の核は『差異と反復』にあるよなあと思っていた。こちらに来てから、ひいこら亀の歩みで初期のモノグラフを読み始めて、ドゥルーズがあんまり地道で謙虚な学者なのに驚いた。ああ、この人は自分ではおそらく本当に、一人の学徒、「哲学」の前に頭をたれる研究者だったんだろうなあとつくづく感心する。しかし、自分の読みの非凡さは自覚していただろうと思う。確かに改めて言うまでもないことかもしれないけれど、ドゥルーズのこの3つの顔というのは、本当に分かちがたく、かつ別のものなのだ。私は彼を、どちらかというと受動的な感受性を持った人だと思う。モノグラフを書いた哲学者一人一人、同時代のミシェル・フーコーやフェリックス・ガタリといった個人個人に、文字通り本当にimpressionéされていたのだろうと思う。そして「純粋に創造的かつ固有の生」がいかにして生まれるか、ということにとても関心のあった人と思う。受動から能動への「エラン・ヴィタル(生の躍動)」があるのだ、というベルクソンのテーゼをどこまでも経験的に信じ、喜びや深い感動をベースにしてそのように生成する主体こそが、固有性(singularité)・一義性(univocité)を得ると証明して見せた。しかしここには逆説が存在する。資本主義の時代に生きる我々が常に「非創造的かつ無個性の生」と隣り合わせにあることなど・・・私もドゥルーズと一緒にその深淵の暗さをのぞいてしまったのだ。だからこそ、克服すべきドゥルーズの問いかけがあると私は思う。まさにAlain Beaulieu氏が読者に投げかけている、私たちに残された問題は沢山あるのだ、と。
怠け者の私には身にあまる課題!でもそんな訳で夫を見習いつつ私もめげずに一歩一歩、と思うのだけれど、どうも長年の身についた習慣はすぐに抜けず、結局年明け提出のレポートをぎりぎりまで延ばしている始末。ま、でも、気持ちは忠実なのだし、できることからやっていこうと思っている。(ふ)

*1:哲学関係の講演会が数週間に渡ってNord県の数箇所で開かれる毎年の企画。結構著名な人も呼ばれる。詳しくは公式サイトをご参照あれ。http://www.citephilo.org/