パエリアを作った

自作パエリア

 ここのところ半年くらい、料理はほとんど家内に任せっぱなしだが、別に自分で料理するのが嫌いだとか苦手だとかいうわけではない。渡仏して1年目は、ラルースのCuisine facileという図鑑みたいな本を買って、フランス語の勉強を兼ねながら一品一品レパートリーを増やしていったものだった。「こんなおいしそうなのが、こんな簡単に作れるんだろうか」と最初は半信半疑なのだが、やってみると案外上手にできるもので、おいしい料理とともに、驚きと喜びをしばしば味わったものだった。
 それが2年目になると、慣れたレパートリーはあまり読まなくても作れるようになり、難関の料理にはなかなか手が出ない、といったふうになり、新鮮さが薄れていき、3年目の後半は、パット・ブリゼを覚えてキッシュやタルトを作りまくっていたのだが、半年前の引っ越しのときに、ガス・フールを諦めなければならなくて、それ以降はパタリと料理をやめてしまっていたのだった。
 それが最近、厚手の中華鍋が手に入り、「よし、この週末はパエリアを作ろう」という気になった。なぜパエリアと思ったのかは自分でもよくわからないが、ヨーロッパで中華鍋を見るとパエリア鍋に見えるからかもしれない。以前ワゼムの屋台でパエリアが売っているのを見て、そのうち作ってみたいと潜在的に思っていたのが顕在化したのかもしれない。とにかく、これまで自分の作ったことのない初挑戦のもので、難易度が高すぎも低すぎもしないという、なんとなく自分で作った基準にもパエリアは合致していた。
 レシピは、「マギーFeel Good Cooking」のものを利用させてもらった。http://www.recipe.nestle.co.jp/recipe/800_899/00801.htm
 日本で作られることを考慮して、ムールの代わりにアサリが使われているが、こっちは本場、アサリの代わりにムールを買った。いつも売っているとは限らないイカも新鮮そうなのが手に入る。
 作りはじめから完成まで小一時間ほど。サフランを案外早い段階で入れるのと、米を最初はそのまま炒めるのがちょっと意外な気がした。トマト・ソースを入れすぎたのか、普通パエリアというと黄みがかっている印象があるのだが、ちょっと赤みがちなパエリアになってしまった。味の方は問題なし。傑作というほどでもなかったが、まあ自己採点でも十分合格点。
 久しぶりに作って感じたけれども、料理の素材と準備の段階から触れ合うということは、たまにやるといいと思う。ムールが海草を噛んでいるのを外すのや、新鮮な赤ピーマンにしゃっきりした音を立てさせて切るのや、刻んだにんにくとたまねぎが手にまとわりついているのを水で流すのや、なんか忘れていた感覚を思い出したようだった。
 もちろん私にとっては料理は片手間にやるから楽しいのであって、本業にするとなったらもちろん話は別だろう。簡単にできるなどとは思っていないが、笑い話で、もし学者になれなかったときに開業する料理屋の名前。私は「ライシ亭」、家内は「ドゥルージ庵」(正確にはドゥルージエンヌだが)を開く予定。(き)
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 何だか淡々と書いていますが・・・うちの夫は、料理が上手いのです。最後の「ライシ亭」の話には背景があって、私が結婚前にトゥールコワンに遊びに行った時、ピザを生地から作るその手際のよさにあまりに驚いて、帰国してからその話ばかりしていたようで、フランスの大学院で、これこれこういう博士論文を書いているという人だという話をしたにも関わらず、「(ふ)ちゃんのお相手は料理人なんだっけ?」などと幾度か勘違いされるはめになったのです。どうやら、フランスで、ピザ職人の修行をしているひとと結婚するらしい、と。よく考えればおっかしな話なのですが(普通ピザならイタリアでしょう)。その話を夫にしたら調子に乗って、「日本戻ったら店開けるかな。名前はライシ亭」とか言って、しかもしばらくして、真顔で「でもおれ料理人になるとしたらちょっと遅いと思う」などと、誰も本気で言ってるわけじゃないのに!どうやらほんの少し料理人としての未来があるか考えた様子。私の実家では、この手の冗談にひたすら毛を生やすのが家族団欒の常なもので、私もうっかり面白がってなれるなれる!なんて囃していたのがいけないのですが。
 でも本当に上手なのです。何が上手かというと、目的達成(つまり料理が完成)するまでの道筋をぱーっと描いて、最短距離で無駄なく仕上げるという、おそらくこれは仕事ができる人に共通のシンプリシティだと思うのですが、そのために、素材の味がきちんと生きる美しい仕上がりとなり、食卓で丁度色といい香りといい絶妙のタイミングで味わえる、その過程の集中力が、並じゃないと感じたのです(ほめすぎ?)。私は迷いの多い性質で、しかも複雑なのが好きなようで、見切り発車で始めてから、あれを加えたら美味しいか、酸味が少ないか、こくが足りないかなどと思いつきで色々手を加えたあげく、調理し過ぎの傾向となり、なんとなく結局私の味、になってしまうのが常だったので、フライパンの卵液がふつふつと動き出すタイミングを待つ、オムレツを焼く彼の一途な後姿にはほとほと感心して、やばい!私も料理の腕を上げなければ奥さんとしての未来はないぞ!と真剣に思ったのでした。(ふ)