思い出のお好み焼き

 一昨年の今頃、出向先での仕事が本当に大変で、身も心も一杯一杯になっていたとき、丁度弟が同じように大阪の会社に出向になって、私の仮住まいだった神戸のほうまで遊びに来たことがある。本当に、身近な人との会話に飢えていたのだろう、弟と出歩けるのが嬉しくてならず、いい年した兄弟二人で有馬温泉の方まで日帰りで遊びに行ったりした。家では私が高校生くらいの頃からか、すっかり兄弟の関係が逆転して、弟の方がしっかり者、頼りない姉をずいぶん支えてもらった感じだったが、この短い期間ほど、弟が近くにいるのをありがたく感じたことはなかった。
その有馬行の帰り道、マンションの近くにあったちょっと新しめのお好み焼き屋さんにふらりと入り、何気なく普通に豚玉から頼んだのだが、この豚玉、ちょっとあやしい雰囲気(おそらくゲイ)の店員さんが広い鉄板の上で焼いてくれるこの豚玉が、オーソドックスながら、ありえないほどおいしかった。何が、とは思い出せないが、バランスだか、焼き加減だか、とにかく絶妙な具合で、2枚目他のもの(何かは覚えていない)を頼み、やっぱりこっち、と3枚目はまた豚玉、もう少し行けるかな?と4枚目また別のものを頼んだら、どうにも最後は豚玉でしめたくなって、結局二人で5枚ものお好み焼きを食べてしまった。
 やはり関西はお好み焼きの味が違う、と思ったのは、その少し前、母親の古い友人の韓国の方の娘さんが大阪に旅行に来たときに、お好み焼きが食べたい、と言うので、ありきたりだったのかも知れないが「ぼてぢゅう」の本店に入って、やはり頼んだ豚玉が特別においしかったことが最初だった。東京でも普通に豚玉は頼むけれど、やっぱりどうしても、というほど他のメニューとの差を感じたことがなかったし、私は海鮮ものに目がないので、お好み焼きカテゴリの大本命とまでは行かなかったのだ。それなのに、関西で食べた豚玉の満足度の違いときたら、それはもう特上のトロとカッパ巻きぐらいの違いなもので、豚玉は何度でも食べたいけど、他のものは別に間に合わせでいいや、と思うほどだった。(ちょっと極端な例かもしれませんが。)
 そういえば大学時代は、友人と銀座で晩ごはんするときの定例が、なぜか銀座なのにお好み焼き、だったりした時期があって、そのお店では自分達で焼くのだが、よく二人でしみじみ、私達なんて焼くのが上手いんだろう、なんていうしょうもない自画自賛をしていたのを思い出す。確か月曜日は「めんたいもちもんじゃ」が100円のサービスデーで、よくそれを狙って食べに行った。
 フランスに来てから、お好み焼きのことは特に思い出さなかったのだが、エシャンジュ(交換授業)相手のVirginieが日本の食べ物ではお好み焼きがおいしかった、と言うので、じゃあ今度うちでやりましょうという話になっていた。彼女は昨年の夏に3ヶ月ほど、研修で多治見にある会社に行っていたこともあって、日本語もそれなりにできるしお箸も上手に使えるのだ。多治見は名古屋の近くだから、味噌煮込みとかうどんとかかな、あるいは普通にごはんと味噌汁、お寿司とかも喜ぶかな、と思っていたら、お好み焼き・焼きそばときたのでちょっとびっくりでもあったが、実はある材料で十分できるし、久しぶりだったので私たちも楽しみにして、レシピをサイトで検索した。そしたら面白いページを見つけた。大阪で屋台業2代目の、おそらく40代から50代前半の露天商が書いた、大阪風お好み焼き・たこ焼きの作り方指南(http://hccweb.bai.ne.jp/~hcg79101/index.html)。これが面白いし絶妙。すべて関西弁の語り口で書かれ、最初からトータルで読むと、一目ぼれから結婚に至り、恐妻家となる過程がレシピ解説の合間にちょこちょこはさまれるのも笑えるし、何と言っても結果的に、この通りに作ったら美味しいのができた。(やっぱり上からぎゅうぎゅう押さえちゃだめって書いてあったよ!)色々ポイントがあるものだと納得。
 そんなわけで昨晩はお好み焼きパーティ、具は豚肉とサン・ジャック(ほたて)の2種類、母親に送ってもらっていた青のりと桜えび、かつおぶしもふんだんに使って、キャベツは普通のchou verte だと硬いので、葉が縮れているフリゼの方をたくさん用意した。VirginieとNicolasは、日本で食べたのとは違うね、とは言いながらも、喜んでくれたようでした。はりきって準備したら4人前どころか、十分食べてさらに4人前ほど残ってしまったので、急遽今日のお昼はこちらもリールで夫婦共々大変お世話になってます、hfさん夫妻をお招きすることに。fさんは生粋の大阪人だから、お好み焼きにはうるさいかな?と思いましたが、まあ美味しく食べて頂いたようでした。(ちなみにhfさんのブログはアンテナから行けます^^。 お好み焼き2日目の私たちには、fさんの奥様に持ってきていただいたラム肉のアラブ風煮込みがありがたく・・おいしかったです。)
 ・・・でもやっぱり、あの神戸で食べた豚玉の味には届かない。何が違ったのだろう?もちろんソースとかキャベツとか、素材が違うからというのは色々あると思うが、豚はフランスのだって十分おいしいはずなのに・・・。焼き加減?やっぱりナンバーワンかつオンリーワンというより、ワン・オブ・ゼムの豚玉だった気はします。(ふ)