勝利のクラクション

アンリゴール!の瞬間

 クラクションの音や歓声が聞こえてくる。フランスがW杯サッカーでブラジルを下したので、街中おおはしゃぎなのだ。

 今回のフランスの前評判はそこまで高くなかったのではないだろうか。スイス、韓国と引き分け、勝ち点2で予選最終戦を迎え、しかも2点差以上の勝利という条件がかかったときには、今回はこんなもんでしょうという声が周りでも多かったように思う。けれどもトーゴ戦では見事に2点差をつけ、決勝トーナメント進出。
 ちょうどそのときはレストランのテラスで食事をしていたのだが、ちょうど2回、地鳴りのような雄叫びが聞こえてきたので、ひょっとしたら2−0で勝ったかなと思ったら、案の定、帰り道のナショナル通りで行き交う車がクラクションを鳴らしあっていた。
 スペイン戦はどちらかと言えば相手に分があるのではと思ったけれども、なんでも公式の国際試合ではスペインはフランスに勝ったことがないそうで、蓋を開けてみれば3−1の逆転劇。リベリの執念、ジダンの切れが印象に残った。家のTVで観戦していたが、やはり遠くにクラクションの音が聞こえてきた。
 その翌日から、リールの街角には、ブラジル戦は「retransmission à la grande place」との張り紙が。これはひょっとしたらグランド・プラスに大型テレビを持ち出すのかと思って、今日の昼間様子を見に行ったら、やはりその通り。これは見に来ようかと思いながら、すでにポルトガルイングランド戦にも惹かれていた私。実は私の家ではM6が映らず、またカナル・プリュスにも入っていないため、昼間の試合はきちんと見ることができない。かろうじてベルギーのチャンネルが映るのだが、やはり映りが悪く、選手が競っているところなどはどっちにボールがいったかなどがその場ではよくわからない。そこで、サッカー中継をやる近所のビア・カフェ「マグナム」に入って(これまでもずっと気になっていたのだが今日になって初めて入った)観戦。自分のなかでは、日本敗退後、ここへ来てまたワールド・カップが盛り上がってきた感じ。お客さんはイングランド・サポーターの方が多かったようで、ルーニーの退場に机を叩いて怒っていたお兄ちゃんとかいたけど。リカルドのスーパーセーブ、映りの悪いベルギーのチャンネルで見るのと、ビア・カフェの大画面で見るのとやはり違うなと思うことしきり。
 フランス−ブラジル戦は前半こそTF1で見ていたが、雅恵が大人しく寝始めたので、(ふ)のおかあさんに面倒を見ていただくことにして、ハーフ・タイムのあいだに(ふ)とグランド・プラスまで出かけることに。
広場は大勢の人で埋め尽くされ、祭のような独特の雰囲気に包まれていた。フランス人はこういう風に、公共の場を一時的に変容させて別の空間を作り出すのが上手だなと思う。フランスの選手のプレーひとつひとつに拍手が送られたりして、実際にスタジアムで観戦している気になってくる。結局オフサイドだったけれども、一度ゴール・ネットが揺れたときには、ものすごい歓声が。その数分後、フリーキックをアンリが合わせて得点すると、ウォーという声とともに目の前にある群集の両手が一度に上に突き出され、前の方で赤い花火が上がり、国旗が振られ、アンリ・アンリの大合唱。その後もAllez les bleus ! Allez les bleus ! と囃し立て、終了間際のブラジルの猛攻を防ぐたびに大きな拍手が送られ、ついに終了の瞬間!ブラジルに勝つんだもの、すごいよなあ。警備に来ていた消防士まで消防車のクラクションを高々と鳴らして、みんなの歓声に答えていた。
 今日のクラクションはひときわ大きく、絶え間なく聞こえてくる。この喜びの表現、土曜日の結婚式のときなどにもよく聞こえてくるのだが、サッカーの勝利のときには当事者が多すぎるのか、鳴り止まない。本当に事故に遭いそうで鳴らすクラクションとの区別がつかないのではないか、と時折混ざって聞こえてくるサイレンも気になるのだが。帰ってみると雅恵はおとなしく寝ていたようで、この騒音のなかでよく静かに寝るものだと感心する。(き)