近代フランス教育史の専門家

 私のテーズの審査員のひとりになるかもしれないジャン=フランソワ・シャネ先生と今日初めてお会いした。リールの指導教官のプレヴォタ先生から会っておくとよいとヴァカンス前から勧められていたが、「でもシャネさんは今年アグレガシオンの担当だから忙しいかも」とのことで、実際、送ったメールに返事は帰ってこなかった。新学期もぼちぼち始まっているようなので、気を取り直してもう一度メールを送ると、会ってくださるとの返事。
 シャネ氏の代表作は、やはりテーズを基にした本、Jean-François Chanet, L’Ecole républicaine et les petites patries, Aubier, 1996.なのだと思われるが、第三共和政の共和国イデオロギーがいかに伝播されたかという問題について、本書のように小学校やその周辺(師範学校や、何と訳したらよいものかbataillon scolaireといって子供向けの軍事演習教室のようなもの)だけでなく、軍隊などについても研究を進めているようだ。他にも英雄像の変遷を扱った論文などもあり、関心の中心は、近代のイデオロギー装置を見直す社会史と言ってよいだろう。大変興味深いテーマなのだが、私のフランス語力からすると、彼の文体はすらすら(あるいはしこしこ)読むには難しく、読み慣れる前にだいたいこんな話かなと見当をつけてしまうので、いけないなあと思いながらもパラパラめくる程度のことしかできていない。
 喋り言葉もこんな感じだったら、会話の半分も理解できないかもと心配していたが、実際にお会いしてみると、思っていたより印象がよかった(リールの先生方に見られる「優しさ」にはどこか共通点があるような気がする)。もっとも、ブラインドの隙間から差し込んでくる西日のために部屋がかなり暑くなっているのと、コンピューターの壁紙がゴッホなのはちょっとどうかと思ったけれども。
 重要な研究書はこれまでにも自分なりに押えていたつもりだったけれども、今回教えていただいた文献で、面白そうなものを2つ。ひとつめは、Stéphane Michaud (dir.), L’édification : Morales et cultures au XIXe siècle, Créaphis, 1993.文学的・哲学的アプローチを取っているようで、あなたのようなスタンスだったらきっと興味を持ちますよ、とのこと。ふたつめは、Jean Peneff, Ecoles publiques, écoles privées dans l’Ouest 1880-1950, L’Harmattan, 1987.個人的にはノール県については少し調べているのだけれどもテーズではその事例を活かしながらもナショナルなレベルに話を敷衍する必要があって、では地域毎の違いをどういう風に意識しながら議論を進めればいいか、という話をしていたときに薦めてもらった本(これらは帰宅して早速Amazon.frで注文)。
 他にもいろいろ話をして、まだまだやることはあるなと思わされた一方、どうしたものかと思っていた点について打開のヒントをいただけたので、ありがたかった。
 最後に雑談となり、さっき上に掲げたシャネ氏のテーズを基にした本の前書がモナ・オズーフだったので、「彼女が指導教官だったんですか」と聞くと、「いや、指導教官はモーリス・アギュロンでね、メトリーズの頃からだから、かれこれ20年くらい面倒を見ていただいていますよ」とのこと。「それじゃモナ・オズーフは審査員の一人だったとか」と言うと、それはその通りで、「本屋を探してくださったのが彼女で。でも最近旦那さんのジャック・オズーフが亡くなって」というから、そこではじめてジャック・オズーフの死を知った(リベの記事はこちらフィガロの記事はこちら)。彼の編んだNous les maîtres d’école, René Julliard, 1967.は今自分が中心的に取り組んでいる研究に着手した頃に読んだもので忘れがたい。フランソワ・フュレとの共著、Lire et écrire, L’alphabétisation des Français de Calvin à Jules Ferry, Minuit, 1977.や、モナ・オズーフとの共著、La République des instituteurs, Seuil, 1992.も歴史家にはよく知られているだろう。『記憶の場所』にも確かモナ・オズーフとの共同執筆で論文を寄稿していたのではなかったか。アギュロンも、去年かおととし病気をして、今あんまり健康状態がよろしくないようで、シャネ氏は心配しておられた。(き)