授賞式

コント賞授賞式

 コント賞の授賞式は、日程が二転三転した挙句、この土曜日の午前中に行なわれました。場所は、ムッシュ・ル・プランス通りにあるメゾン・ド・コント、すなわちコントが晩年を過ごしたアパルトマン。今パリのこの地区でこれだけのアパルトマンを手に入れるとなったら、ちょっと目玉の飛び出る数字になるでしょう。コントの死後、弟子のラフィットが建物全体を購入したそうです。20世紀前半のあるときには、通りを拡張しようする計画があったそうですが、名士の弟子たちが、「コント先生の住居は歴史遺産だ、それを破壊するとは何事か」とパリ市にはたらきかけて中止に追い込んだそうです。
 もうひとりの受賞者は、私と同年代と思われるイタリア人で、彼女はすでにテーズはフーコーで書き上げているのだけれど、賞はテーズに対する賞ではなく、これからの研究に対する助成金とのこと。ちょっと私には耳慣れない言葉なのだけど、ビオクラシーの観点からフーコーとコントを扱うらしい。
 今回日程が合わなかったもうひとりは、年配の方で、何でもサン=シモニアンの子孫らしい。普通の人は見ることのできない史料を使える立場にあり、研究はミルとコントの交流と断絶に新たな光を当てているようです。
 賞の受賞は、賞状とかあるのかなと思っていましたが、小切手の入った封筒を受け取るというものでした。あとから秘書の方に、日本の口座に直接振り込んでもらうよう頼んだため、封筒ごとお返ししてしまいました。あとから証明書を1通作ってくださいましたが。
 賞の授与およびプレゼンは、コントがド・ヴォー夫人を応接した椅子のある部屋で行なわれました。最後にこんなことを言いました。「コントを読む前は、『講義』はシステマティックすぎて乾いている、『体系』はちょっと逸脱しているというイメージを持っていたが、実際にちゃんと読んでみると、安定感のあるシステムであると同時に十分柔軟であることがわかった。これは「作品」の名に値するものだ。だからこれからもコントを読んでいきたい」。するとプレジダンのブリュノ・ジャンティ氏が「それはよかった。しかしコントは退屈じゃないですか」と言うのには笑えました。
 式には、コント研究者のミシェル・ブルドー先生(今回はじめてお会いしてとてもいい印象を持ちました)のもとで学んでいるOくん、宿でお世話になっていてロラン・フェディさんと親交のあるMくん、ボベロ先生のところで知り合い今回たまたま別件で連絡を受けて再会したHさん、そしてリールの指導教官のプレヴォタ先生が来てくださいました。これはとても嬉しかった。ありがとうございました。
 そのままレストランで昼食をご馳走になり、ブルドー先生が「ここはわれわれが」と言うと、プレヴォタ先生が「いや、それはいけない」。再びブルドー先生が「いや、払うのはコントですから」。コントに感謝。おいしかったのだけれど、昨日の夜からなぜかお腹の調子がおかしい。再び秩序をもたらすためには、実証主義が必要だ。