ケベックの「倫理・宗教文化」教育

 2008年秋の新学期から行なわれているケベックの「倫理・宗教文化」教育についてひとつ論文をまとめようと思っていて、この1、2ヵ月くらいケベックのライシテについて重点的に調べている。フランスのライシテとはずいぶん違う印象を受けるので、いろいろと興味深い。
 フランスでもケベックでも、文化の基盤にはカトリックがある。だけど、フランスではカトリックが国教だった時期があり、教権主義と共和派の対決は19世紀で、フランスのライシテには「共和主義的な統合」の理念が色濃い。これに対し、ケベックではカトリックが国教であったためしはなく(これは支配層の小数派がイギリス系のプロテスタントであったこととも関係している)、教育のライシザシオンがまさに21世紀初頭という現在において起こっており、そのライシテは明らかに「多文化主義的」な方向性を目指している*1
 ケベックの宗教問題検討委員会によれば、次の5つの要素が、ケベックの学校のライシテを特徴づけている。
 1、良心の自由
 2、公立校の中立性の原理
 3、生徒の精神的な発達(cheminelment sprirituel)を考慮に入れること
 4、精神指導(animation spirituelle)および集団活動(engagement communautaire)の手助け
 5、倫理・宗教文化のプログラム
 1と2はフランスの学校のライシテにも当てはまることだが、3、4はフランスの感覚からすると、精神教育に一歩踏み込みすぎていると受け止められるはずだ。フランスの公立校では、教師や生徒の宗教的・文化的背景はいったん括弧に入れることを要求される傾向がきわめて強いが、ケベックの学校では、少なくとも生徒の宗教的・文化的アイデンティティーはそれとして肯定されたうえで、他者との寛容な対話が求められている。フランスでも近年「宗教的事実の教育」が意識されているが、これは新設科目ではなく、既存の科目の「あいだ」に有機的なつながりをつけようとするものであるのに対し、ケベックの「倫理・宗教文化教育」は独立した科目として、公立・私立を問わず、小・中学校全体の必修科目として課せられている。
 個人的にはこの数か月、あっちに行ったりこっちに行ったりで、なかなかひとつの場所に落ち着いて、たくさんの書物に囲まれながら仕事をするということができずにいる。そうしたなかで、このケベックの「倫理・宗教文化」についての研究は、ケベックの教育省のHPに行けば、いろいろな資料が閲覧できるので助かっている。

 たしかにこういう文書ばかり読んでいると、「じゃ、具体的にはどうなんだろう」という疑問が湧いてきて、なかなか実感としてどうなんだろうということがつかめない。そういう意味では、教育省のPRビデオは具体的なイメージを得るために参考になった。
 いずれにしても、「倫理・宗教文化」教育を推進する立場から作成されたものなので、実際の運用上の問題点を感覚としてつかむことは難しいけれども、この教育がどのような理念のもとに行なわれているものなのかは、だんだんとわかってきた。
 今回の論文には間に合わないだろうが、いずれ現地でフィールドワークのようなこともしてみたい。

*1:ジャン・ボベロの最新の著作は、Une laïcité interculturelle : Le Québec, avenir de la France ?というものだが、確かに彼のスタンスからすると、フランスのライシテがケベックのライシテのモデルになるのではなく、逆にケベックのライシテがフランスのライシテのモデルになるかもしれないという問題関心があるだろうということは理解できる。